第八番 制作日誌

2013年11月

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【事務所だより】地球交響曲の生みの親・堤清二さん逝去

地球交響曲の生みの親・堤清二さん逝去

毎日新聞・余禄より】
企業人で文化人でもある堤さんが一変させたのは日本の企業と文化の関係だった。
美術や音楽、演劇など多彩な分野での企業の文化貢献である。

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今から25年前、地球交響曲の制作開始に制作資金を提供してくださったのが堤清二さんです。
当時、既にこの映画企画は日本文化の貢献に値すると読み取られたのでしょう。
この堤清二さんの志に叶うよう「第八番」制作に臨むのが私たちの使命だと思わずにはいられません。

ここに感謝申し上げ、ご冥福を祈ります。

(地球交響曲 第八番担当プロデューサー・恩田)

2013年11月29日付・毎日新聞

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【撮影日誌】10/26気仙沼・その5

10/26気仙沼・その5
松明のはぜる音が、パチパチと闇の中に響いています。
ここは、4年に一度の大祭を待つ室根神社の境内です。
まだ人影もまばらで、嵐の前の静けさの様でしょうか。目をこらさないと、あたりの様子を伺い知る事はできません。
頭上には、樹齢1000年を超える杉木立の隙間から、満天の星空がこぼれ出ていました。
天の川がほんとにミルクをこぼしたように夜空に流れているようです。こんなに空が澄んでいるのは、その進路を早めて通過していった台風27号の置き土産なのかも知れません。やがて赤い月も上ってきたというのに、星のまたたきも負けてはいません。
昨日の嵐あり、今日の星空有り、ほんとに自然には抗う事はできません。
しばし、標高900mから眺める野外劇場を楽しむ事かできました。
あとは、夜半から始まる大祭神事を待つだけとなりました。
(寒さとの闘いでもありました…)

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【撮影日誌】10/26気仙沼・その4

10/26気仙沼・その4
10月26日、それは午前2時ごろの事だったでしょうか…
寝床の底から突き上げる様な大きな力が、何十秒もの間続いた様な感じがしました。
実際にはどれ程の時間だったのか定かではありませんが、そんな事を思い起こす暇もなく、窓の外からサイレンが聞こえてきました。
我々が宿泊していた宿は、気仙沼港のすぐそばだったので、あのテレビで何度も聞いた憶えのあるサイレン音が、けたたましく鳴り響いているのです。何か大きくてふわふわした不安定な中に、我々は立たされている、そんな感じが襲ってきました。
テレビでは緊急ニュースが流れ、各地の津波予想を知らせています。
幸い大きな被害はなかったものの、久方ぶりの余震の大きさに、我々同様現地の方々も驚きをもたれたと思います。
外を見ると、台風の時化のため港に戻っていた鰹漁船たちが整然と並んだまま、波の力で木の葉のように上下に揺れていました。
大祭撮影に向かう未明の出来事でした。

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【撮影日誌】10/25気仙沼・その3

10/25気仙沼・その3
10月25日、朝から台風の接近を知らせる雨模様です。
この日は、室根神社の大祭には欠かせない或る神事が密やかに行われる大切な日なのです。
その場所は、室根山を遥か臨む気仙沼湾の海上。
うねりの出始めた海に、雨脚が強くなった事を知らせるように雨粒が海面に踊っています。
内心「大丈夫かな?」と思う気持ちをよそに、白装束に着替えた畠山重篤さんたちが、黙々と出港の準備を進めています。
我々撮影クルーも、ばっちりの雨対の上にライフジャケットを着込み、ただただ波を切って走る重篤さんの船に伴走して舵を取っていきました。
(この伴走船の舵取り役をかってでてくれたのは畠山信さん、重篤さんの三男です。信さんもこの映画では重要なキーパーソンです)
頬を打つ水しぶきが、雨なのか波なのか分からなくなってきたその時、フット一瞬の静寂がおとずれました。
とその時、・・・・

>この撮影日誌の一連を読んだ龍村監督が、
「あまりネタバラシをするなよ!?」と一言。

なので、この続きは映画でお楽しみくださいね!

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【事務所だより】ダライ・ラマ法王 11月25日の両国国技館講演会の司会に早見優さん

ダライ・ラマ法王 11月25日の両国国技館講演会の司会に早見優さん
11月25日に両国国技館にて行われるダライ・ラマ法王講演会で早見優さんが司会をされる事になりました。
実はこのお話を繋いだのは地球交響曲との御縁でした。
早見優さんは第一番の頃から映画を観て応援して下さっており、第一番出演者・ダフニーさん来日イベントの際には司会もして下さっています。
今回、ダライラマ法王日本代表部事務所より「講演会司会に早見さんを紹介して頂きたい」とのご依頼を受け、監督・龍村ゆかりよりお繋ぎしたところ、快くボランティアで引き受けて下さったのです。

都内某所にてダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表のラクパさんと早見さんを監督がお引き合わせしました。早めにいらしていた早見優さんはアイドル時代と変わらぬフレッシュさに大人の落ち着きが加わり、とても素敵な女性でした。

「監督、今でも自転車に乗ってらっしゃるんですか?」
「いやー、今日も乗って来ようかと思っちゃったよ。」「(笑)やっぱり~」
「優ちゃんは今はラジオはしてないの?」
監督は早見さんがパーソナリティーをしていたラジオ番組のゲストに出た事もあるのです。
久しぶりに会った監督もとても嬉しそう、楽しい思い出話に花が咲いてる頃にラクパさんご一行が合流、なごやかに歓談・打ち合わせは進みました。

25日は監督は佳境の海外ロケ出発の日のため、あいにく講演会へ行く事はできませんが、21・22日の静岡での「祈りの祭典」にて法王猊下とお会いする予定になっています。
もしかしたら「優ちゃん」の事もそっと伝えているかもしれません・・ね?

早見優さんのオフィシャルブログ
ダライ・ラマ法王来日講演情報

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【撮影日誌】10/24気仙沼・その2

10/24気仙沼・その2
10月24日、気仙沼対岸の大島にフェリーで渡りました。
大島にある亀山の頂は、気仙沼湾に注ぎ込む大川の河口がよく見渡せる撮影ポイントでした。
その姿は、一ヶ月前あの室根山で撮影した湧き水からは想像もつかないほど、雄大なものでした。
そして、静かに凪いだ湾の姿からも、この大島さえも乗り越えていった計り知れない自然の力をイメージする事は、その爪痕が残されていなければ困難な事かもしれません。
我々は、目に見えないモノを想像するという力を使って、少しでも何かに近づこうとしている、そんな営みを繰り返しているのでしょうか…
台風が近付いているというのに妙に凪いだ湾を眺めながら、ふとそんな事が頭に浮かびました。

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【撮影日誌】10/23気仙沼・その1

10/23気仙沼・その1
お天気の事ばかり考えていても仕方がありません。
小雨混じりの天候の中、ちょうどサケの遡上が始まった気仙沼周辺で撮影は開始されました。
ピシャピシャと川面にサケがはねる音がそこここから聞こえてきます。
1万キロを越える旅から、生まれ故郷に帰ってきたのでしょうか…
そんなサケたちを撮影しながら、赤平カメラマンが一言
「ちっちぇーなー」
そう、赤平カメラマンの生まれは岩手県のリアス式海岸のとある町だったのです。小さい頃から魚介類の宝庫で育ってきたその目には「まだまだ小振りで食するに値しない!」という風に映ったのでしょう…
その故郷も今は津波による甚大な被害を受け、更地のままだそうです。
ふとした一言から、今我々が立っている東北のこの地とのご縁を感じずにはいられない、そんな思いが立ち現れてきます。
まだ公表はあまりされていませんが、太古の昔から人々がこの地で豊かな暮らしをしていた、遥か5千年前のそんな光景が目に映る撮影になっていきました。

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【撮影日誌】10/23いざ、東北へ!

10/23いざ、東北へ!
10月23日、ロケ地に向かう東北新幹線の中で一番気がかりな事は、大型台風27号の北上進路でした。
天気予報からは、撮影スケジュールとドンピシャで東北地方にやって来そうな感が有り有りだったのです。
「やはりガイアの撮影には嵐がつきものなのか…」
もちろんスタッフ全員、雨対(業界用語で雨対策の事)はばっちりです。しかし今回の撮影のクライマックスは、26日から27日にかけ夜を徹して行われる室根神社の大祭です。標高900mほどにある社から夜明け間近の村里を目指し、御神輿が急峻な道無き道を伝って降ろされるのです。
ちょうどその頃を目指して、台風27号は東北地方に向かっている様に思えてなりませんでした。

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【事務所だより】11/12「吉凶は糾(あざな)える縄の如し」

11/12「吉凶は糾(あざな)える縄の如し」
思いがけないアクシデントと奇跡のようなシンクロニシティの連続、
監督が第八番撮影の事を語るときに
「本当につくづくこうだな~」とよく言っています。

なんとなく意味は知っていましたが
「糾(あざな)える」を調べてみると
「縄をなう。絡ませるようにして交え合わせる。」

もちろん吉だけであれば一番いいと思ってしまいますが
凶もあってこそ、というか凶がなければ
縄はなえないんですね。

激しい嵐と秋晴れの空のように変化する吉凶が
これからもやってくるでしょうが、
「今、やれる事を精一杯やるだけ」と、爽やかに語る監督でした。

(制作室から見た夕景)

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【撮影日誌】11/5中澤さん@工房・その2

11/5中澤さん@工房・その2
11月5日、前回から1ヶ月ほどが経った所で、ガルネリの修復された表板を元に戻す最終作業が行われました。ニカワで、再度本体に接着されるのです。
このニカワの原料は、ブタの爪から作られるそうです。まさに植物由来の木材と、動物由来のニカワが相まってヴァイオリンは形づくられているのかもしれません。
その接着後しばらくして、中澤さんが弦を指でつま弾く音がしてきました。
弓で奏でる艶やかなものとはまったく異なる、太初の音の様に感じられるその音色を聴いて、「うん、よし!」という中澤さんの小さな一言が、ガルネリに新たな生命を吹き込む様でした。
奇しくもこの数日前、ストラディヴァリウスの音色の秘密を解明するTV番組が放送されていました。科学的な解明が進められる中、依然その何かは不明の様です。
今回、中澤さんの作業を目の当たりにして、そこには科学の目ではすぐには見えない幾重にもわたる人技の積み重ねがあることを改めて教えられた様な気がしました。

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【撮影日誌】10/12中澤さん@工房・その1

10/12中澤さん@工房
「剥がれにくいけれども、剥がしやすいニカワとは・・」
10月12日、丁寧に剥がされたその表板は、今、中澤さんの手によってその木自身の一番居心地よいフォルムに戻されようとしています。
ヴァイオリンには音を奏でる際、表板の振動を裏板に伝える大切な役目を果たす「魂柱」と言う小さな円柱形のパーツが内部に配されています。
このガルネリの場合、その魂の柱ともいえるパーツの寸法がほんの少しだけ長かったのか、表板と裏板に長年にわたり負担がかけられていた様です。その結果、表板に思わぬ圧力がかかり続けていたのです。 中澤さんは言います。
「本来なら、10年かかって反ってしまったものは10年かけて元のフォルムに戻してあげたいんですけどね、でもそうも言えないので・・・」
これからは、その表板のフォルムを時間をかけてゆっくりと元に戻していく作業が始まりました。

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【事務所だより】10/28室根神社大祭ロケ序章

【事務所だより】10/28室根神社大祭ロケ序章
台風がダブルで接近しつつある中で出発した撮影隊、
ロケ真っ最中の26日未明には福島沖を震源とする地震まであり、
留守番隊としてはハラハラさせられた気仙沼ロケでしたが
28日の月曜日に制作室に出てきた監督は会心のこの笑顔でした!

手にしているのは室根神社から頂いた「祈祷御守護札」です。
地震の事は「津波警報も出て、まるで(3.11の)再体験のようだった」と
何か偶然でないものを感じたようです。

27日の大祭クライマックスは台風一過の爽やかな秋晴れになったとの事、
撮影隊よりの撮影日誌に乞うご期待!

(10/27 撮影)

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【事務所だより】10/23風の色

【事務所だより】10/23風の色
10月23日は監督のお母様の御命日、
そして今年は、「第八番」でキーになるであろう
気仙沼での大祭ロケの初日でもありました。

台風の影響が懸念される中、撮影スケジュールを確認しながら
何度か 「この日はおふくろの命日だな」と呟いていた監督。
監督のエッセイにはいくつかのお母様との想い出が収録されています。

病院で寝たきり状態になったお母様をお見舞いした時、
「ゆっくりと目を開いた母がじっと私を見つめている。
長い沈黙が続く。私には、その時間が永遠に続くようにさえ感じられる。
ふと母の表情が和らいだ。そして、正確に私の名を呼んだ。その瞬間、私は、
自分自身のからだが、一気に桜吹雪になって散ってゆくような気がした。
動かなくなったからだ、 混濁する意識、そんな中でも母は私に何かを教えようとしている。
生命とは何かを教えようとしている。」

そして新宿御苑内での桜吹雪とお母様のエピソード。

「母が私をふり返った。母は微笑んでいた。
若い頃にも、入院生活にも見たことのない微笑みだった。
『歌ができたよ』 母は嬉しそうに笑った。
 

ゆったりと想い出のままに楽しみて
桜吹雪の中を行くなり

まるでひとり言のように二度ほどつぶやいてから、
母は再び白さの中に還って行った。」
 ~風の色’93~ 「地球(ガイア)のささやき」より

今、監督のデスク真正面には桜吹雪の中のお母様と歌をモチーフにした
睦稔さん版画が監督を見守っています。

「風の色 2010」 2010年、龍村仁監督の古希(70歳)のお祝いの時に、
地球交響曲20年の歩みを少しだけ振り返った映像作品です。
「母なる星地球」という意味を深く感じさせてくれる小作です。

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