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2月2日(木)~28日(火)東京・タバタのシネマ・チュプキ・タバタにて「地球交響曲第三番」が上映されます。

そこで、第八番へ向けての連続上映時に「第三番」の制作過程を掲載し好評だった「第三番」トリヴィアを再掲いたします。

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初めてご覧になる方もいらっしゃると思いますが、きっと今までに多くの方々が色んな思いを持ってこの映画をご覧になったと思います。

そこで、今回の日誌では「第三番」の制作時にまで記憶を遡り、スクリーンには見えない、でもその背景に感じて頂けるかもしれない事を少しだけ綴っていきたいと思います。

(ラインプロデューサー・西嶋)

#1ビル・フラーの静寂

1996年9月

アラスカ・フェアバンクスに降り立った時には、もうすでに初雪が舞っていました。

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#2こだまの返事

今回の撮影では、星野さんがフィールドで愛用していたものをお借りして、それらと共に旅を重ねていきました。

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#3ロード・ムービーの扉

それは、小雨の降る薄暗い日の午後でした。

フェアバンクスから空路シトカへ移動してきた撮影隊は、雨にも濡れ寒さと少しの疲れをまといながら、ひとまず抱えた機材や荷物とともに宿に入りました。

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#4ナイノアのインタビュー

思い返せば1997年2月、ハワイの何処かの海の上にいるナイノアを尋ねる、という所から撮影の旅が始まりました。しかしその旅は、成田空港を発った我々の飛行機がエンジントラブルで引き返すという波乱の幕開けでもありました。そして約半日遅れでハワイに着いた所から、ナイノア探しの旅が始まったのです。

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#5夕日のオルカ

星野さんの訃報を受けたのは、ガイア3番のクランクインをその一週間後にひかえた日の早朝のことでした。

3番のコアになる星野さんの姿なしに、この映画は成立するのか?

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#6オーロラと彗星とワタリガラスと

1997年3月末、ヘール・ボップ彗星が地球に最接近した頃、撮影隊の姿はアラスカ・マッキンレー山の麓に位置するルース氷河にありました。

「子供たちに厳冬期のアラスカを体験して少しでも何かを感じてほしい」という思いで星野さんが提唱したオーロラクラブのキャンプに同行撮影させて頂いたのです。

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#7もっと低く!

「もっと低く!」

ドン・ロスが操縦するセスナに、撮影しながら並走するヘリコプターからのリクエストが無線で伝えられる。

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#8春ですね…

「春ですね…」

星野直子さんは、窓の外にフッと目を向け、そうささやいた。

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#9ワスレナグサ

1996年7月、新宿御苑のカフェテラス

星野さんがカムチャッカへ旅立つ直前、龍村監督と共に後に始まる旅の構想を話し合った一時があります。

それはお互いのイメージを、生身で共有し合う事ができた、最後のひと時でもありました。

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#10(最終話)もうひとつの時間

1997年8月

「第三番」の編集作業も終盤にさしかかったある日のことです。

フィルムの編集を終え、さらに字幕、音楽、音入れもすべて終わり、後は最終的な音のバランスの調整をとるのみ、という所まで漕ぎ着けました。

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