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31●ジェリーに見る"日本人的"境地


 ジェリー・ロペスは伝説のサーファー、10代後半で、ハワイ・ノースショアの高さ10mを越える巨大な波を自在に乗りこなし、サーファー達の間で"神"とまで崇められる存在だ。
 映画「地球交響曲第四番」の中に、そのジェリーが紛れもなく日本人の血を引いているのが説明なしにわかるシーンがある。私はこのシーンを密かな"隠し味"にして観客達の反応を見ているのだが、気付く人はほとんどいない。
 インドネシア・ジャワ島のサーフスポット、Gランドで、海に向かうジェリーがカメラの前を通り過ぎる時、まずチョコンと頭を下げ、それから「サーフィンしてきます」と言ってニコッと微笑むのだ。
  人に挨拶をする時、まず頭を下げ、それから言葉を発するのは、日本文化独特の風習だ。日本語はほとんどしゃべれず、その風貌からも日本人の血を類推するのは難しいジェリーだが、彼の無意識の立居振舞いの中に、日本文化の香りがにじみ出ている。そしてその無意識の中にしみ込んだ日本文化の自然観こそが、彼が、チョット間違えば人の命を奪ってしまう巨大な波を自在に乗りこなすことができた理由と深く関わっている、と私は思う。
 ちなみに、彼の日本名は「板倉けん」、母が日系三世の小学校教師だった。
「私は波を征服したい、などと思ったことは一度もありません。波に溶け込み、波の一部になりたい、といつも強く願っています。大自然の偉大な力をコントロールしようと思ったとたんに、結果は必ず悲惨なことになってしまう。FLOW WITH IT, BE PART OF I. 流れに身を委ね、その一部となる、というのが私がサーフィンから学んだ哲学です」。
  この、一見極めて消極的に見える人生観、西洋近代文明の思想からは日本人の最もダメな部分として批判される世界観の持ち主が、筋骨隆々たるマッチョマンサーファーたちが恐れをなして見つめる巨大な波に、まるでなにごともないように乗ってみせるから、"神"とまで崇められてしまうわけだ。
  ジェリーは筋肉を鍛えるかわりにヨガを学んだ。ヨガの究極の目的は、自分のからだは自分の所有物ではなく、この宇宙に満ち満ちている目に見えない生命エネルギーの「通り道」であり、その生命エネルギーをスムーズに自分のからだを通すことによって、自分以外の全ての存在と繋がり、自分は大自然の循環の一部分であることを、身をもって知ることである。
 
だからジェリーは決して波に逆らわない。足の指先から頭頂まで、からだの全ての部分の感覚を全開状態にして波からのメッセージを聴き取り、波が奏でる壮大な交響曲の共奏者となるのだ。
  ハワイ・ノースショアの波は、か弱い人間などひと飲みにしてしまう巨大な地球(ガイア)の力の現われだ。しかしその中に、人間がハーモニーできる一筋の見えない道がある。その道を、「通り道」となった彼のからだが無意識に選んでいる。
「波に乗っている時のことはほとんど覚えていません」とジェリーは言う。
「無我」の境地、まさに日本的ではないか。

デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年8月号


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