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22●リスを喰う

 「リスを喰う」なんてことを試したことのある人は世界広しと言えども、そうざらにはいるまい。それも、熱帯雨林の狩猟民族の話ではなく、れっきとした世界的科学者の話だ。
 ジェームズ・ラブロック博士、言わずと知れたあの「ガイア理論」の創始者だ。 地球はそれ自体が一つの巨大な生命体である、ということを科学の側から証明した彼のガイア理論は、今や世界の環境保護運動の理論的支柱となっている。私も14年前、彼の理論に大きな勇気を得て映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」シリーズをスタートした。そんなラブロック博士が、こともあろうに「リスを喰った」のだ。
  イギリス・コーンウォール地方にある博士の自宅の背後には12万平方メートルにも及ぶ広大な森が広がっている。30年前、博士は発明特許で得た資金を注ぎ込んで、荒廃していたこの周りの牧草地を買い取り、自然森に戻す活動を始めた。多種多様な生きものが、樹を中心に共生する自然森こそが地球環境を守る上で最も大切な場所だと考えたからだ。博士は先ず、かつてこの地方にあった森の植生を丹念に調べ、専門家の助言を得て自然風土に合った樹々を数万本植林した。計画は最初順調に進んだ。ところが若木がスクスクと成長し始めた時、予期せぬできごとが起こった。何処からかたくさんのリスがやって来て若木を喰い荒らし、貴重な樹が次々に枯れてゆく。困った博士は、まずリス捕獲作戦を展開し、たくさんのリスを捕らえた。そこで彼はハタと困ってしまった。彼の人柄から言って、そのリス達を害獣として簡単に殺してしまうことなどとてもできない。だからと言って、どこか遠くの森に放すと、その森の生態系を乱してしまうことになる。考え抜いた末に、博士はある結論に達した。人間が自分の都合で野生動物を殺すことを許されるとすれば、それは自分の命をつなぐために喰べる時だけだろう。「リスを喰べる」、それしか残された道はない。そう考えた博士は、ついにリスを喰べた。しかし、リスの肉はとても喰べられるような代物ではなかった。万策尽きた博士は、結局リス達を森に還した。
  森に還ったリス達は相変わらず若木を喰い荒らし、彼の自然森復活作戦は失敗に終わるかに見えた。ところが、時が経つにつれて博士が予想だにしなかった事態が起こり始めた。リスに喰われて枯れた木の場所に、博士が植えたはずのない別の木々が育ち始めたのだ。風や虫が種を運んだのか、はた又リスが運んだのか、森は博士の計画よりもはるかに多様な種が共生する自然森へと成長したのだ。 この話は、ガイア理論の正しさと、博士の科学者としての真摯な生き方を示している。
  地球(ガイア)は、全ての生きものが互いに繋がり自然に生み出す精妙なバランスに依って、ひとつの巨大な生命体として38億年の歳月を行き続けている。人間は科学的にその仕組みを理解すると同時に、その人智を超えた営みに自らを委ねる謙虚さが必要なのだ。

デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2004年11月号


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