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龍村仁ライブラリー
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エッセイ
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25●砂漠のクリスマス・イヴ |
満天の星空は世界各地への旅で何度も観ている。しかし、全方位360度満天の雷鳴と稲妻という光景に遭遇したのはあの夜が初めてだったし、たぶん今後も生涯無いだろう。 2002年12月24日、アフリカ最南端のナミブ砂漠でのできごとだった。この日、私達は“奇跡の存在”とも言われる砂漠象に会うために、キャンプから20キロ離れた象達の水場へ遠出をした。ナミブ砂漠には、日中の気温50度、年間降雨量20ミリという過酷な環境をわざわざ選んで棲みついた少数の砂漠象がいる。彼らは少ない食べ物と水を求めて広大な砂漠を一日数十キロも移動するため、脚が長くなり、世界一巨大で威厳にあふれた象に進化した。中でも単独行動をする壮年の雄に会うのは至難の業で、そのため「雄の砂漠象に出会った者には重大な使命が与えられる」という伝説まで生まれている。私は14年前、一度この砂漠象に会っている。今回はテレビ番組の取材だったのだが、年が明けてから始める「地球交響曲第五番」の撮影を前に、どうしてももう一度砂漠象に会いたかったのだ。 車で2時間程走って漸く水場にたどり着いた時、あたりは既に尋常ならざる雰囲気に包まれていた。風がピタリと止み、夕闇迫る赤玄(あこうくろ)の地平線には不気味な黒雲が湧き上がり、悪魔の指先のような触手を地上に向かって降ろしている。時折渡ってくる遠い雷鳴の後の、体ごと吸い込まれてゆきそうな静けさの中で、私達は息を殺して象を待った。 どれほどの時が流れたのだろうか。頭上を渡った鋭い鳥の鳴き声にハッと我に還ったとき、象はすでに私の眼前十数メートルのところにいた。水場の淵の高さ3メートル程の潅木の陰に身を潜め、長い鼻を伸ばしてこちらの様子を伺いながら、ジッと私を凝視していた。象はあの巨体で、物音ひとつ立てず砂漠を渡って来る。私はしばらく声を出すことすらできなかった。漸くカメラマンが気付き、カメラ位置を変えようと動き出した時、象はゆっくりと踵を返し、遠雷轟く赤玄の地平線に向かって悠々と去って行った。 全方位360度満天の雷鳴と稲妻に囲まれたのはその後だった。帰途、日はとっぷりと暮れ、漆黒の砂漠にバケツをひっくり返したような猛烈な雨が降り始めた。車がたちまちスタックした。悲鳴を上げるエンジンを止め、砂漠に降り立った瞬間、大地を揺るがす轟音と共に漆黒の闇が目も眩む閃光に飛び散った。天空から地上へ、地上から天空へ、地平線から地平線へ、稲妻が狂ったように私の周りを駆けめぐる。それはまるで母なる星ガイアの神経細胞が、旧い意識を打ち砕き、新たな意識を生み出すべく全天空に光の神経線維を伸ばし始めた浄化の一瞬のようにも感じられた。 およそ40億年前、原始の海を撃った一条の落雷のプラズマが、この地球に最初の生命をもらたらした、という説がある。雷が人の意識を浄化する、ということもあるような気がする。 2002年クリスマス・イヴのできごとだった。 デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年2月号 BackCopyright Jin Tatsumura Office 2007 |