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龍村仁ライブラリー
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エッセイ
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27●宇宙的誕生(コズミックバース) |
「私は宇宙で最初の失業者です」。 アポロ9号の乗組員だったラッセル・シュワイカートは自分のことをそう紹介した。そして、「人生、たまに失業してみるのも悪くないですよ」と付け加え、ニコッと笑った。 シュワイカートは人類初の単独宇宙遊泳をした人である。彼の言う"失業"は、まさにその宇宙遊泳中に起こったのだ。1969年、アポロ11号が月面着陸を果たす4ヶ月前のことだった。シュワイカートの任務は、月面着陸船の最後のテスト、宇宙船の外に出て、着陸船の状態を細かく点検することだった。 異変が起きたのは、ハッチを開け、宇宙空間にひとりで浮び出たまさにその時だった。宇宙船の中から彼の活動を逐一記録するはずだったスコット船長のカメラが突然動かなくなった。記録が撮れなければこの重大任務は失敗に終わる。「カメラを修理するから5分間だけ一切なにもせずそこで待っていろ」船長はそう命じて宇宙船の中に消えた。 それまで秒刻みの厳しい任務をこなしていたシュワイカートは突然することがなくなってしまった。"失業"したのだ。地上からの交信も途絶えた。初めて体験する宇宙の完全なる静寂。彼はゆっくりと周りを見回した。眼下には真青に輝く美しい地球が拡がっている。その背後には底知れない宇宙の漆黒の闇、視界をさえぎるものは一切なく、無重力のため上下左右の感覚もなく、宇宙服の感触すらなく、まるで自分ひとりが素裸のまま宇宙の闇の中に漂っている、そんな気がした。 その時、突然彼の胸中になにか言葉にはできない熱い奔流のようなものが流れ込み、からだの隅々にまで一気に満ちあふれた。「今ここにいるのは"私"ではない。眼下に拡がる青い地球に生きる全ての生命、38億年の過去から生き続けてきた全ての生命、そして未来に生れてくるであろう全ての生命に繋がる"我々"なのだ」そんな感動がからだ中に満ちあふれ、彼はヘルメットの中でわけもなく大粒の涙を流したのだった。 15年前「地球交響曲第一番」に出演してくれた時、シュワイカートはこんな言葉を残した。「私達人類は今宇宙的誕生(コズミックバース)、宇宙的めざめの時代にさしかかっている」 赤ちゃん(人類)は、生まれ出て(宇宙から地球を見て)初めてお母さん(地球)を自分とは別の存在である、と認識し、そこから、母の一方通行の愛に甘えるだけでなく、母に対する感謝の気持ちや愛を育み、責任感を持つようになる、という意味だ。 2003年10月、シュワイカートが14年ぶりに広島を訪れ、「地球交響曲」の観客達と交流し、今度はこんな言葉を残した。 「人は陣痛と陣痛のすき間で真実を知る」。 今世界中で起こっている様々な苦しみは、新しい価値観が誕生するための陣痛の苦しみであり、人類はその陣痛のすき間で、宇宙的誕生の準備を着々と整えているというわけだ。 失業も陣痛も悪いことではない。 デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年4月号 BackCopyright Jin Tatsumura Office 2007 |