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33●ダライ・ラマ法王2003年講演


 「たとえダライ・ラマ法王のように、魅力的で、大らかな人柄をもってしても、今、世界的にテロをやっているビンラディンのような人物と、話が通じるとは僕には思えないんですけど」。
 ノーベル物理学賞の小柴昌俊博士がこう問いかけた。この、科学者らしい辛辣な質問に、詰めかけた8千人の聴衆は一瞬緊張した。
  2003年11月2日、東京・両国国技館で催された「科学と仏教の対話」の席でのことだった。私はこの対話の司会役を仰せつかっていた。
  通訳が訳し終えるやいなや、ダライ・ラマ法王はまず腹の底から愉快そうに笑い、それからこんな冗談をおっしゃった。
「私はいつも手元にこの小さな仏像を持っています。ビンラディンはいつも銃を持っている。だから私もいつか銃を持てば、彼と話が通じるようになるのかも知れませんね」。
 このたくまざるユーモアに、緊張していた会場の雰囲気は一気に和んだ。法王は、中国の武力侵略によって、母国のチベットを追われ、40年間亡命生活を強いられながら、"愛と非暴力"の生き方を貫き、ノーベル平和賞を受賞されていることを、会場の誰もが知っていたからだ。
 会場の笑いがおさまった後、法王はフト真剣な表情に戻りこうおっしゃった。
「人間として生まれた限り、たとえヒトラーのような人物にさえ"他者を思いやる心"、すなわち慈悲の心は必ずあるのです。ビンラディンだってそうです。ただ、その心が後の教育や環境によって押し殺されて、今のような行動に駆り立てられるようになったのでしょう。
 だから、全ての人の中に慈悲心があることを疑ってはなりません。たとえその人の行動の90%が"悪魔の業(わざ)"のように見えたとしても、残りの10%の中に必ず"善き心"があります。その90%の部分に囚われるのではなく、残りの10%の部分に語りかけ、忍耐づよくその人の話を聞くことが大切なのです。それは確かに辛く苦しいことです。しかし、その苦しみこそが、自分の本性である慈悲の心を育て、ひいては相手の行動を変えてゆくことにも繋がるのです。
  力によって問題の解決を図ることは短期的には成功したように見える場合もありますが、決して人類全体の利益にはならない。必ず世代を超えた遺恨を残すことになるからです。
  人類の社会は今のような時代でさえ、普通の人々の圧倒的な"他者を思いやる心"によって成り立っているのです。それが人間の本性だからです。そして、今のような時代だからこそ、我々ひとりひとりが慈悲心を育てる努力をより一層高めなければならないのです」。
 この法王の答えに小柴博士は、「論理的にはまだ十分には納得できない」とおっしゃった。しかし、その表情は微笑みに満ちていた。
 2時間の対話が終わった時、もうひとりの科学者、遺伝子学の村上和雄博士、小柴昌俊博士、ダライ・ラマ法王の3人は互いに手を繋ぎ、支えあうように会場を去っていった。
  その姿に私は、一筋の光明を見たような気がした。

デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年10月号


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