「地球交響曲第一番」の出演者、野澤重雄さんがこの世を去って早くも5年が過ぎようとしている。野澤さんは、たった一粒の普通のトマトの種から遺伝子操作も特殊な肥料も一切使わず、15,000個も実の成るトマトの巨木を育てた人である。普通のトマトは60個も実をつければ上出来、ということだから、この15,000個という数はまさに"奇跡"としか言いようがない。
しかし、現実に私たちの撮影中に、種植えからおよそ10ヶ月間でトマトは幹の太さが直径20センチ、葉や枝の横の拡がり8メートルの巨木に成長したのだ。この様な事実を目の前にすると、多くの人々はまず、今までの自分の"常識"の中で、それを理解しようとする。実際に、1986年の科学万博で初めてこのトマトの巨木が展示された時、見物人から聴こえて来た声は、「遺伝子科学の進歩でこんなことが出来るようになったんだ」とか、「野澤さんはきっと、秘密の成長促進ホルモンを使ったんだ」とか言うものだった。
これに対し、野澤さんはきっぱりと言う。
「このトマトの巨木に技術的な秘密は何もありません。また奇跡でもなんでもない。私たちが持っているトマトに関する"常識"をちょっと変えれば、誰にでもトマトの巨木を育てることができるのです。私たち
は、トマトは土で育ち、一本の茎から60個実をつければ上出来だ、という"常識"を持っている。しかし、そのトマトの姿は絶対不変のものではありません。トマトは、今自分に与えられている環境条件、すなわち、光や栄養や水の条件を自分で理解し、自分の成長の限界や世代交代の時期を決めているだけです。だから、トマトは"心"を持っている、と言ってもいい。トマトに限らず全ての植物、全ての生命は"心"=判断力を持っています。私たち人間が、コントロールしている、とか作っている、という考え方が間違っているのです。環境条件を感知し、自らの判断で変化しながら生き続けようとするトマトの叡智に学ぼうとする姿勢こそ必要なのです」。
野澤さんのトマトは、根のところに充分な酸素と栄養を含んだ水が常時流れている水槽で育てられている。成長の初期段階で、トマトは、今回は水や栄養に制約がないんだ、と自ら判断して巨木に成長した、という訳だ。
植物にも"心" がある、という話や、15,000個も実をつけるトマトの巨木がある、という事実は私たちの"常識"を越えている。
そんな常識を越えた事実に出会った時、問われているのは、私たちが無意識に持っている"常識"の方なのだ。野澤さんがこの世を去って3年目の秋、ガイア理論のジェームズ・ラブロック博士が野澤さんの農場を訪ね、新しく植えられたトマトの巨木に対面する機会があった。実をオイシソウに食べた後、博士はこう言った。
「私はこの事実を全面的に支持します。この事実の背後には必ず科学的理由がある。いま説明できなくとも、理論は後からついてくるものです」。
デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年11月号
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