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龍村仁ライブラリー
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エッセイ
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50●音楽的に・・・ |
「私はこの世界の成り立ちを数式と計算によって理解しようとし続けたのだが、息子のジョージはその正反対で、計算など一切せず、まるで音楽家が作曲をする時と同じようにあの美しいカヌーを作ってしまうんだ」。 12年前、私が初めてフリーマン・ダイソン博士にインタビューした時、彼は一人息子のジョージのことをこう評して嬉しそうに笑った。フリーマン・ダイソン博士は私が監督した映画「地球交響曲 第三番」の出演者のひとりである。弱冠19歳の時、数学の天才としてアインシュタインに招かれてイギリスからアメリカに渡り、25歳の時、相対性理論と量子力学を統合する数式(ダイソン方程式)を発見した20世紀の超頭脳のひとりである。 「宇宙船とカヌー」 ―― 父と子の道 私は12年前、1986年「宇宙船とカヌー」というドキュメンタリー番組の制作を通して初めてフリーマンに出会った。以来、いくつかの長編ドキュメンタリー番組に出演願い、そしてついに96年に制作を開始した「地球交響曲 第三番」の出演者になっていただいたのだ。私にとってフリーマンは科学の分野で最も尊敬する師でもある。 12年前に制作した「宇宙船とカヌー」はこのフリーマンとジョージの物語だった。当時、フリーマンはアメリカの宇宙開発プロジェクトに深い関わりを持っており、原子爆弾を推進力に使う強大宇宙船オリオン号計画の中心人物であった。これに対して息子のジョージはわずか16歳で父のもとを飛び出し、カナダ、ブリテッィッシュコロンビアの杜の中の巨大な樹の上に家をつくり、極北の海洋狩猟民族アリュートのカヤック(革張りのカヌー)の復元に精魂を傾ける変わり者だった。 進歩する科学技術の最先端で、人類の宇宙移住に夢をかける父と、古代から叡智の復元の復活を通して地球の自然への回帰をめざす息子。この一見正反対に見える父と息子の生き方の奥に、どこか深く相通ずるものがあり、この二つの道が交叉する一点にこそ、私たち人類全ての未来がある。そして、この二つの道が交叉する時が必ずやってくる。そう思った私は、当時はまだこの種の作品がテレビ番組として受け入れられる可能性は少なかったが、強引に自主制作に踏み切ったのだった。12年を経た今、この父と息子の二つの道は、鮮やかに交叉している。父は息子が示した古代の叡智に深い造詣と畏怖の念を抱くようになったし、息子は一度は拒絶した科学技術の進歩を自らの道に取り入れ、存分にその恩恵に浴している。 21世紀のアリュート・カヤック 21世紀は科学技術の進歩と古代からの叡智が融合する時代だと私は思う。 12年前「ジョージはまるで音楽を作曲するようにカヌーを作っている」と話したフリーマンの指摘は正しい。ジョージは十代の頃に、父親ゆずりの天才的直感から、アリュートのカヤックがいかに優れた乗り物であるかを見抜き、エンジン付きボートの隆盛によって消え去ろうとしていたアリュートのカヤックの復元を始めたのだった。流木や鯨の骨で骨組みを作り、その上にアザラシの皮を被せた中空構造のカヤックは、一見脆く、ひ弱そうに見える、ところがこのカヤックがアラスカ・カナダの太平洋沿岸水路では、この上ない優れたものなのだ。複雑な水路が入り組んだこの地方では、潮の干満によって激しい渦が巻き、海岸線が時に7〜8メートルもの高さで上下する。海岸線にはケルプと呼ばれる海草が繁殖している。こんな海岸線にはエンジン付きのボートではとても危険で近寄れない。ところが、アリュートのカヤックはこんな水路の奥へ、何の苦もなく入り込んでゆく。複雑な渦の上をまるので水すましのように滑ってゆく。無限に変化する動きが与える衝撃を軟構造の船体がしなやかに吸収しながら進んでいく。骨組みの接合箇所が、ボルトやハンダ付けで強引に接合されているのではなく、一箇所一箇所ていねいに、芸術的とも思える程の手仕事で縛られているからだ。その"縛り"がもたらすほんの少しの余裕が自然の複雑な動きに見事に適応しているのだ。 ジョージは、デザイン思想をこのアリュートのカヤックから学び、鯨の骨やアザラシの皮の代わりに、アルミニューム・チューブとNASAが開発した強靭な布地を使って、21世紀のアリュート・カヤックを復元した。 科学技術と古代の叡智の調和 かつて、ジョージのカヤックのあまりの美しさと乗り心地の良さに感激した船舶工学の専門家が、コンピュータを使って、その構造を分析してみたところ、流体力学的に見ても、その構造はほとんど完璧に近かったという。ジョージはこのカヤックをまるで"音楽を作曲する"ように作ったのだ。 私たち人類は、自分の取り囲む自然を理解し、コントロールするために科学的なものの見方を身につけてきた。自然の成り立ちを分析し、理解し、再構築する形で道具や技術を生み出してきた。今、私たちはその思想の中で生きている。しかし、このものの見方の裏には、自然を単なるモノの集積としてしか見ない危険がひそんでいる。このものの見方と人間の欲望が癒着した時、際限ない自然破壊が起こる。古代の叡智に学んだジョージのカヤックは、人間が、科学的なものの見方と全く別の回路で、自然と調和した素晴らしい技術を生み出すことが出来る事を示している。 "音楽的に"生み出すのだ。 アリュートの人々はコンピュータも持たず、計算もせず、ただ"いのち"そのもので自然と付き合い、あのデザインを生み出したのだから。 今、ジョージはインターネットを使って、アリューシャン列島の子供たちに、途絶えてしまったカヤックの作り方を教えている。 そして、いつの日か、この21世紀のカヤックに乗って、子供たちと共に一時は放棄した祖先の地、沿岸水路の奥の豊かな自然を再訪したいと思っている。 『ジョイン』 1999年6月 BackCopyright Jin Tatsumura Office 2000-2008 |