本庶佑

(分子生物学者 京都大学特別教授 ノーベル生理学・医学学賞受賞者)

私が初めてインタビューさせていただいた80年代初頭、本庶氏はすでに抗体の遺伝子に関する研究で、難病解明に大きく貢献し、世界的な評価を受けていた。そのときに語ってくれた言葉は、その後の映画「地球交響曲」の構想に大きな勇気を与えてくれた。

彼はインタビューのなかで次のように語ってくれた。
「遺伝子の構造、親から子へ伝わってゆく仕組み、生命というのは太古からひとつながりである。我々が今日持っている防御システムというのは、実は非常に遺伝子の小さな単位を組み合わせることによって多様な発現系が出来上がる。最初にすべての可能性を出して、そのあと、いいものを好きなように選びなさいというシステムである。それから学べることは、一見、今日、ムダに見えることを、いまムダだからと全部切ってしまうと将来困ることが起きる。だからムダのなかに将来に対する備えがちゃんと入っている。

人という種は、たくさんの遺伝子の変形を抱合し多様性があるから長い進化の過程を生き永らえてきた。もしひとつの遺伝子系しか持っていなかったら、環境がちょっと変わったらヒト全体が滅びてしまう。」

すべての生命はひとつながりのものであり、ともに調和しながら永遠に生きている。宇宙誕生の一瞬に生まれた素粒子のひとつさえ、宇宙の無数の星々の誕生と死に関わりながらいま、この私のからだのなかにあるかもしれない。地球交響曲の魂の生みの親といっても過言ではない本庶佑氏に「地球交響曲」最後の作品となる第九番に出演していただけることに、感謝の気持ちでいっぱいである。

Steven Mithen

イギリスの認知考古学者
スティーヴン・ミズン博士

(認知考古学者 英国レディング大学初期先史学教授)

私たち日本人は、「ネアンデルタール人」と聞くと、人類(ホモサピエンス)がこの地球に登場する前に絶滅した、類人猿に近い“野蛮人”を思い浮かべる人も多いだろう。

ところが、最近のめざましい考古学の“新発見”によって「ネアンデルタール人」は、私達と同程度の大きな脳を持ち、発達した喉を持ち、「言葉」ではなく、「歌声」によって互いに高度なコミュニケーションをしていたのではないか、という学説が生れてきた。ミズン博士は、この学説の提唱者である。

なぜ、私たち人間はこれほどまでに音楽を作り、音楽に耳を傾けずにいられないのか。ミズン博士は、ネアンデルタール人は音のパノラマの世界に住み、大きな脳で、言葉ではない歌でコミュニケーションをしていたのではないかと考えたのだ。

21世紀になり、ヒトゲノムの塩基配列が決定されると、旧人であるネアンデルタール人についてもゲノム配列が決定されるようになり、数パーセントであるものの、私たち現代人にはネアンデルタール人のゲノムが伝えられているという結果が得られたという。さらにわれわれ東ユーラシアの人間の方が、ネアンデルタール人のゲノムを少し多めにもらっているというのだ。面白いことに縄文人のDNAを調べると、東ユーラシアの人たちに近いことがわかる。日本人のなかでも特に縄文人のDNAを受け継いでいるのはオキナワ人、アイヌ人の遺伝子だという。約3万年前、最後の氷河期の頃、ユーラシア大陸にいた狩猟民ネアンデルタール人は、寒さを逃れる為に東へと移動する大型動物を追ってユーラシア大陸の東端まで達し、当時まだ陸続きだったカムチャッカを経て、縄文時代の日本列島に到達したのではないか?この時の縄文人との出会いから始まるのではないか?

私は自分の中の遺伝子を通して「ネアンデルタールの歌声」を聴きたいと思っている。

小林研一郎

指揮者 “コバケン” こと小林研一郎


「21世紀の今、ベートーヴェンの 『第九』 を振ってコバケン越える指揮者はいない」 という音楽関係者の声をよく聴く。1940年4月、福島県いわき市生まれ。奇しくも私、龍村仁と同年同月生まれである。

私が初めて彼のことを知ったのは1977年、テレビ番組 「地球は音楽だ」 シリーズの撮影でハンガリーの首都ブダペストを訪れた時のことであった。 繁華街をロケハン中、とある楽器店のショーウインドウに、たたみ2畳分もあろうかと思われる彼の巨大なポートレート写真が飾られているのを見て驚天した。クラシック音楽の指揮者がまるでハリウッドの大スターのように扱われているではないか。その頃の私は“コバケン”のことは全く知らず、店の人に尋ねて初めて彼が「日本人」であることを知った。

彼が、1974年の第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで第1位となり、ハンガリー文化勲章を贈られた「英雄」である事を知ったのもその時だった。いまも国内外の第一線で活躍を続けておられる。2003年地球交響曲第五番の撮影では、アーヴィン・ラズロ博士が設立された世界賢人会議「ブダペストクラブ」のメンバーに、ダライ・ラマ法

王やジェーン・グドールと並んで「小林研一郎」が加わっていることも知った。

映画「第九番」では、年末恒例の「第九演奏会」を仕上げてゆく彼のプロセスを描きたい、と思っている。

地球交響曲第九番

制作意図

太陽系第3惑星「地球」は、それ自体がひとつの巨大な「生命体」であり、私達人類はもちろんのこと、動物も植物も、虫もバクテリアも、海も山も、岩や風も、全ての存在が互いに繋がり、互いに影響し合って40億年という歳月を生き続けてきた。この、人智を遥かに超えた超高度な「生命システム」のことを「ガイア理論」と名付け、1984年に発表したのがイギリスの生物物理学者J・ラブロックだった。ちなみに「ガイア」とは、ギリシャ神話の「地球の女神」の名である。「ガイア理論」の事を初めて知った時、私はそれ迄「神話」に依ってしか語り得ないと思っていた「生命(いのち)の不思議」や「宇宙の神秘」が、科学の言葉で語られ始めた事に大きな希望と勇気を与えられた。それが、私が「地球交響曲~ガイアシンフォニー」を作ろうと決意した動機であった。

ラブロックに初めて会った日、彼は開口一番こう言った。
「西洋社会では、なかなか受け入れられない ”ガイア理論” を日本人はどうしてこんなに素直に受け入れてくれるのだろうか?」
私はとっさにこう答えた。
「日本文化の深層、日本人の無意識の自然観の背後には遙か縄文時代から受け継がれて来た ”八百万(やおよろず)の神(かみ)” という考え方がある。あらゆる自然現象の背後には、それぞれに異なる現象を司る、八百万もの神がいる、という考え方だ。こういう無意識の自然観があったからこそ、私も含め、ほとんどの日本人はあなたの『ガイア理論』を素直に直感的に、『正しい』と受け入れたのだろう。」

「第一番」から「第八番」まで、それぞれの作品には、一見、「超人」の様に見える偉業を成し遂げた世界中の人々が4~5人ずつ登場する。彼らが「異口同音」に言う言葉がある。「こんな偉業にみえることを成し遂げられたのは、私個人の能力ではない。自分の生命が、人智をはるかに超えた『ガイア』の超高度な『生命システム』に生かされている、と確信した時、“偉業” にみえることが現実になっていたのだ。」

楽聖ベートーヴェンは生涯に9本の「交響曲」を作曲し、交響曲「第九番」を作り終えた後、この世を去った。彼は、この「第九番」で、初めて楽器だけではなく人間の歌声「合唱」を入れた。映画、地球交響曲「第九番」を作り始めるに当って私の中に「当時すでに聴覚を失っていたべートーヴェンの耳に人間の歌声はどのように響いていたのだろうか?」という想いが渦巻いている。

龍村 仁