心に樹を植える ──森は海の恋人 The Sea is longing for the forest

カキ養殖業 畠山重篤

畠山さんは、日本の高度成長期に、気仙沼の青い海が赤く濁り始めた時、その原因が、海から20キロも離れた室根(むろね)山の森の荒廃にある、といち早く気付き、平成元年に室根山の植林運動を始めた人である。

海の民が、なぜ山の植林運動をするのか?
そんな奇異の目に晒されながら始めた植林運動「森は海の恋人」に依って気仙沼の海はしだいに青さを取り戻し、フランスのカキ業者が「ここはカキにとって天国のような海ですね」と絶賛した。それから暫くして、あの3.11大津波が気仙沼を襲い、畠山さんのカキは全滅した。

彼自身も最愛の母を失い、孫ひとりを抱いて高台に駆け登り、一命だけは取り留めた。被害総額は数億円を越え、海から全ての生きものが姿を消した。そんな絶望的な状況下で、彼はこう言った。

ここは天国と地獄が共存する海です。自然とはそういうものです。

大津波から1ヶ月ほど経ったある日のこと、海から駆け戻って来た孫がこう叫んだ。
おじいちゃん、海に小さなお魚がいっぱいいるよ!
試しに残っていた種苗ガキやホタテ貝を海に入れると、大津波前の2倍の速さで成長した。気仙沼の海は、自らの力で、驚異的な復活を開始したのだ。それにしてもなぜ、畠山さんは25年以上も前に、海の汚れの原因が森の荒廃にある、と気付いたのだろうか。

その背景には縄文時代から受け継がれて来た私達日本人の自然観と現代の科学的智見との柔らかな融合がある。室根山の室根神社に奉られている「瀬織津姫(せおりつひめ)」は、人間の営みが必然的に生み出す罪穢れを川の早瀬で祓い浄め、健やかな真水を海に届ける縄文の女神である。

幼い頃からその祭りに親しんでいた畠山さんは、無意識の内に森と川と海との人智を越えた絆を感じていたのかも知れない。少年時代には、父の操る櫓こぎの和船に乗って海の民の叡智身体を通して学び、さらに長じて現代の科学的智見を通して、海の汚れの原因を科学的に理解した。それが「森は海の恋人」運動に結実したのだろう。

室根神社では、4年に一度、大祭が行われる。この祭りでは、気仙沼の海の民が、夜明け前の海で海水を汲み、室根神社に運び、その御神水で御神体を淨め、そこから祭りが始まる。震災後初めて行われる平成25年の大祭で畠山さんはその大役を荷う。その大祭をクライマックスとして畠山さんの“魂”の復活と”海”の復活を描く。

畠山重篤 著作:

童話「カキじいさんとしげぼう」 講談社
「日本<汽水>紀行―『森は海の恋人』の世界を尋ねて」 文藝春秋
「森は海の恋人」 文藝春秋

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