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5/21「ガイア三番」トリヴィア#5

#5夕日のオルカ

星野さんの訃報を受けたのは、ガイア3番のクランクインをその一週間後にひかえた日の早朝のことでした。

3番のコアになる星野さんの姿なしに、この映画は成立するのか?

フリーマン・ダイソンの撮影を目前に控え、龍村監督の中でも物理的な要因だけではない、様々な葛藤が渦巻いている事は容易に想像されました。

そして導き出されたのが、“少しでも前に進む”という事でした。

その時の心境は「龍村仁・出演者を語る」の第三巻:心に描く/イマジン編で詳しく語られています。

ともあれ我々は、予定通り成田を発ちカナダ・ブリティシュコロンビアのハンソン島を目指しました。長年にわたりオルカの研究を続けるポール・スポング博士の住むこの島は、フリーマンと息子ジョージにとっても記念すべき場所だったからです。

詳細は『宇宙船とカヌー』(ヤマケイ文庫)に描かれています。

今思い返すと、その道程で目にしていた様々な景色が、スローモーションのように感じられていたのを覚えています。

飛行機から見えた霧に煙るブリテッシュコロンビアの沿岸水路に点在する島々、スポング博士の小舟で海原に揉まれながら垣間みた波間に飛ぶ水しぶき、なぜか時がゆっくりと過ぎていく、そんな感じがしていました。

ある日、ハンソン島から更に先の無人島にまで足を伸ばし、撮影に行った時の事でした。

そこはその昔、ネイティブの人々が住んでいたという島でした。今では覆いつくされた草木の向こうに、人間が手を加えたであろうと思われる住居の痕跡がわずかに見受けられる程です。それも言われなければ見過ごしてしまう様なかすかなものでした。

でも、フッとした時に“何かにみられている”そんな感覚がよぎります。

後に、星野さんの足跡を辿りカナダ北部のクイーンシャーロットにまで撮影に行く事になるのですが、そこでも同じ感覚がよぎったのを覚えています。ネイティブのハイダ族が暮らしたその土地も今は無人となり、自然のまま朽ち果てていこうとするトーテムが並ぶクイーンシャーロットは、それ自体が世界遺産登録の場所ですが、ここはそんな記憶にすら残らない場所だったのかも知れません。ただ、同じ感覚を覚えたのだけは確かです。

まるで、どこかでブラックベアーが我々を見ている様な…

そんな感覚を身体に残したまま、一路ハンソン島に向け帰路についていました。

夕日が西の空から、オレンジ色の光を凪いだ海に映していました。

静かに静かに進む船の上で、ある時、急に電話の音が鳴り響いたのです。

それは、スタッフの一人が持っていた海外使用の携帯電話の呼び出し音でした。

今のように通信環境が整っていない当時、この電話が鳴ると言う事は、何か急な知らせだと言う事はすぐに分かりました。

龍村監督の手に携帯が渡され、ある訃報が伝えられました。

ガイア黎明期からの大切な仲間が、この世を去ったという知らせでした。

周りに人の気配すら感じないこんな静かな海の上で、何千キロも離れた場所から一瞬にして人の死を知らせる連絡が入る。

この意味の答えを探すように、あてどなく夕日に包まれた海を見ていたその時、船の舳先に一筋の水煙が夕陽に一瞬輝き、そしてすぐ消えていきました。

一頭のオルカが潮を吹いたのです。

それからしばらくの間、そのオルカの潮吹きの音と背びれが水面に上りまた沈んでいく、その単調な繰り返しが続いたように思います。

まるで、我々に寄り添ってくれているかの様に…

実際にはいったいどれ程の時間だったのでしょう?

それはまるでスローモーションの世界に飛び込んだ様な、この旅の始めから感じていた時の刻まれ方の答えだった様な気がします。

フリーマンが語るタイムスケールの話、宇宙が持つ心の話、その科学的な根拠が数式ではなく、感覚として伝わってきた一瞬でした。

(ラインプロデューサー・西嶋)