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「地球交響曲第六番」を共に奏でる出演者



奈良裕之写真 奈良 裕之 Nara Yuji (弓 スピリット・キャッチャー)

2006年3月9日、午前4時、釧路湿原キラコタン岬、気温マイナス13度。
奈良裕之が弓に弦を張ったとたん、それまで静寂に包まれていた湿原に、不思議な音が響き渡った。弓が歌い始めたのだ。凍てついた大気が解きほぐされ、風となって広大な湿原を吹き渡ってくる。その風が今張られたばかりの弦を震わせ、低いうなり音を上げている。
その音は、音というより、黄金の太陽が湿原を覆う白雪や霧氷に降り注いで砕け散り、光の粒子となって舞い踊る“光の音楽”にも聴えてくる。音は光であり、光もまた音である。
天空に向かって弓を捧げる奈良裕之の姿は、その大いなる光に向かって、畏怖と感謝の想いを捧げる祈りの姿だった。
かつて「弓」を発明した我々の先祖たちは、この、他の生命をいただくための道具のことを「スピリット・キャッチャー」と呼んだ。「魂を捕らえるもの」ということだろうか。
「弓」は、容易に他の動物達の生命をいただくための単なる道具ではないことを私達の祖先は知っていた。自分を生かしてくれる他の生命に呼びかけ、その魂に感謝する“祈り”の道具でもあったのだ。撮影は彼の生まれ故郷釧路湿原で行った。

弓が祈りを運ぶ
弓が虚空の音を聴く
虚空の音は風の中に秘んでいる

撮影場所:釧路湿原


KNOB写真 KNOB (ディジュリドゥ 天然空洞木)

ディジュリドウは、楽器というよりオーストラリアの先住民アボリジニの人々が、大地の精霊や大宇宙の神々と交感するために使う媒体(メディア)である。
実際の形は、長さ1m前後、直径10cm前後の細長い木の筒のようなものだ。アボリジニの人々は、中味を蟻に喰われて空洞になったユーカリの木を使ったそうだ。
その音がすごいのだ。まるで地の底から湧き上がってくるマグマの音、地震の際、最初に地中を渡ってくる超低周波のような音だ。私が連想したのは、水深400mの深海に響くザトウ鯨の歌、チベット仏教の僧達が唱える超低音のマントラだった。
このディジュリドウの音をどこで撮影すれば良いのか、最初に思いついたのは活火山の噴火口だ。火山活動こそ、誕生以来45億年間絶えることなく続いている地球(ガイア)の生きている証である。ディジュリドウは、その母なる大地の歌声と響き合うためにアボリジニの人々がつくった“楽器”である。

母なる地球の産道を風が吹き抜けてゆく
命は虚空の彼方から風に乗ってやって来る
命は虚空の彼方へ風に乗って去ってゆく
虚空、それは母なる地球の子宮
撮影場所:伊豆大島 三原山裏砂漠


雲龍写真 雲龍 Unryu (笛)

雲龍が求めているのは、たぶんたったひとつの音だろう。この世の全ての音を、この世に顕現させるために、雲龍は笛を吹いている。
第六番のテーマを「虚空の音」と定めたとき、それを映画の中でいかに顕現させるかは、最も難しい課題であった。映画はまさに見える世界、聴こえる世界の存在だからだ。雲龍には、あえて耳を聾するばかりの轟音渦巻く熊野・那智原生林の聖地、二の滝の前での奉上をお願いした。
この世に無限に存在する多種多様な音のひとつひとつを消し去っていったとき、最後に残るたったひとつの耳に聴こえる響(おと)。
雲龍の笛の音は、その響(おと)となって、虚空の音との間を橋渡ししてくれるに違いない、と直感したからだ。
撮影は、二日間。一日は全ての風景を覆い隠す霧の中で、もう一日は降り注ぐ陽光の下で行った。

見える象(カタチ)は消えてゆく
聴える音も消えてゆく
その時残る響(オト)がある
虚空の音はここにある

撮影場所:熊野 那智大滝



長屋和哉写真

 

長屋和哉  Nagaya Kazuya  (打楽器・磬)

「岩は石と化した音楽である」と言ったのは、ギリシャの賢人ピタゴラスである。
21世紀の量子物理学はそれが真実であることを証明しつつある。
しかし「岩の音楽」は私達の耳には直接聴えない。
ところが長屋和哉はその「音楽」を直接聴くことのできる人である。そんな人には、天の計らいとしての使命が課せられる。
だから長屋は「岩の音楽」を私達に分かち与えてくれるアーティストになった。彼の音楽の多くが岩から取り出された鉱物の楽器によって奏されるのはそのためだ。
新宮市神倉神社のごとびき岩の前に立った時、長屋ははっきりとこう言った。
「この岩はまるで地鳴りのような低い音を出しているんですよ。」
子供の頃彼は、そういう自分の能力を病気だと思っていた。しかし今はそうではない。
岩を構成する原子の波動と彼の身体を構成する原子の波動が共鳴増幅されて、彼の身体内で鳴り響いている。その波動を耳に聴こえる音にして我々の耳に届けてくれるのが
長屋和哉だ。

全ての存在は虚空の音を秘めている

撮影場所:熊野 ごとびき岩



 

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