第八番 制作日誌

2013年12月

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ・その6

クレモナにてポー川のほとり

イタリアでは、一日だけ雨の予報だった。

中澤さんがフレームに入って撮れるシーンは、ほぼ撮り切っていたこともあって、それ以外で何が撮れるか?という日だった。僕がふと思いついたのは、この日、土曜の朝は街の中心でマーケットをやっていることだった。とにかく何がある街、というわけでもないので、提案できるのもそれぐらいだった。

街の象徴でもある、ストラディバリ広場のストラディバリ像が、マーケットの屋台に埋もれて消えてしまうほど活気がある。と同時に庶民的すぎて、あまり画にならない。かろうじて大聖堂前の広場の花屋がきれい。でも雨のせいでテントが出ている分、見晴らしもよくなくて、残念なイメージ。。

そんな雨の中、ポー川に来た。ポー川は北イタリアを東西に走る大河川である。映画のタイトルになったり、パルマの生ハム製作の過程においても重要とされている川で、僕はクレモナにはポー川に訪れるためだけに来ていたこともある。

川のすぐ横には大きな公園があるものの、河川敷には運動ができるような場所があるわけではなく、対岸も林で覆われている。象徴的な何かがあるわけでもないが、このシンプルさが僕を引きつけていた。それと空気汚染がひどい街にいただけに、澄んだ空気に包まれた静かなこの空間がやけに愛おしかった。

撮影されていた川にはどんなものが映っていたのかといえば、大したものはないだろう。僕にはそこにあった空気を目で感じることができるかといえば、そうでもないのかもしれないが、そのときの生活と対比されたものが、そこには映っているのかもしれないと思うと、それこそが僕に必要なものなのかもしれない。

いつまでも忘れずに自分の中にしまっておきたいもの。それがこのクレモナの街にあったように感じた。

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ・その5

クレモナにてカパノーネ

僕にとって、よく見た風景が並ぶ。懐かしいというより日常。おそらく初めてこの街を訪れたときも、そんな感情を抱いていただろう。イタリアにいても特に人が優しく、すべてを受け入れてくれるような、温かさを感じる街。そしていつの間にか、この街のとりこになっている。

クレモナに行っていた頃、必ず歩いていた通り。そこがこの日の撮影のスタートポイント。パン屋やバールが懐かしく、ある出来事のあった思い出のある街角である。

中澤さんのヴァイオリン製作用のパーツを販売するお店がすぐそこにある。パネヴェッジオで切り取られた木が、一つ一つの木に印をつけられて、所狭しと並べられている。
ここで中澤さんにインタビューをする。パーツごとに説明を一生懸命にしてくれる中澤さん。気持ちが入りすぎて滑稽な感じになってしまっているのも、それもクレモナに関わる人の性なのだろうか。とても愉快でありながら、言葉が染み込んでくる。

この日の街は、修学旅行で来ていた学校の子供たちが、頻繁に通りを歩いていた。そんな光景を監督は気に入ったようで、お店での撮影の最中、しきりに「子供!子供!」というが、カメラを向けたときには過ぎ去ってしまっていた。

午後は街から少し離れた郊外にある、カパノーネという大きな倉庫のようなところへと向かった。
カパノーネという言葉を調べると、建物、小屋のような意味が並んでいて、工房なのかなと思ったところ、とんでもなく大きな施設が現れて来た。一つのフロアにバイオリンからコントラバスまでのそれぞれの木の材料が、ビッシリと詰め込まれている。

下のフロアでは、木を切り分ける部屋や、バイオリン製作の部屋などがある。中澤さんは職人さんが製作している部屋を、行ったり来たりしていた。「木の厚みを0.2mm削る」など、とにかく細かく、懇切丁寧にやり方を教えている。

ヨーロッパだと、とかく人種に対する偏見が多く、特に日本人を含めたアジア人は、民族的に低級に見られがちだから、尚のこと、中澤さんから技術を吸収しようとしている様を見せられ、信頼されていることを感じた。「毎日、板を叩いて、耳を鍛える」職人としてのスタンスを伝えているようだった。それでも弟子の中にもプライドが見られるようで、伝えることの難しさを、その場でも口にしていた。

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ・その4

クレモナにてヴァイオリン博物館

極寒の中からやって来たクレモナの街。
さすがに雪は目にしないものの、息は白く、肌に痛みが走っている。

クレモナと言えば弦楽器。街の至る所に職人の工房があり、振り向けば職人同士が会話をしている。友達同士の予定もみんな知っている。

今年、新しくオープンになったヴァイオリン博物館は、僕もまだ足を踏み入れたことがなかった。以前は美術館の中にこじんまりとあったストラディバリ博物館と、市庁舎にストラディバリのコレクションがあった。オープンしたてということもあり、建物はとてもきれいでコレクションの数も多く、かなり気合いが入っている様子がうかがえた。

ガイアの撮影で中澤さんが修復する様子を追っていた、グァルネリのヴァイオリンが、今回このヴァイオリン博物館の中の、ヴァイオリン黎明期の製作者たちのコレクションのコーナーに加わることになり、博物館の方々に手渡すシーンの撮影がありました。

一般のお客さんはいなかったものの、展示用のガラスケースに入ったバイオリンを撮影したりするシーンも多く、ガラスに反射して自分がカメラのフレームに入らないように、それでいて撮影の補助をしなくてはならない。ジタバタアタフタしていた。

博物館の係の人から情報を仕入れていると、コンクールで優勝したクレモナの職人の楽器も展示さているようで、僕が個人で撮影していたマエストロの楽器も展示されているという。これは見ておかないと、と思うのも束の間。そんな余裕すらないままに撮影隊は突き進む。

職人さんにとって弦楽器以外に興味を示すことのない、小さく素朴でシンプルな街ではあるが、こと弦楽器といえば世界にその名を轟かす街だけに、その博物館のコレクションに、修復した楽器を納める中澤さんの腕というのは一体どれだけのものなのだろうか。

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ・その3

パネヴェッジオにて木の伐採

パネヴェッジオ2日目。
スプルースというヴァイオリンの表板にする針葉樹の伐採に立ち会う。
カメラがハイレベルから伐採の様子を狙う。監督はカメラの横で指示を出す。僕は下の位置で伐採をするレンジャーなどに作業工程を聞き、それを監督にトランシーバーで伝える。

300年という年輪を重ねた木を切るという。これはあのストラディバリが生存していた頃から育った木である。この木を切るとき中澤さんはどんな想いで立ち会ったのだろうか。

レンジャーが木に印を刻み、チェーンソーが徐々に木の中に入っていく。倒れる方向へよろめく木は、最後一気に倒れ、雪の煙が辺り一面に舞う。ここに何百年もあったものが、あっという間に姿を移す。木や辺りが感じていることは、悲しみなのか、喜びなのか、前進なのか、後退なのか、よくわからない。

監督から伐採する作業をする人に、この後どうするのかを聞きに行けと言われた。実は僕が不安に思っていたのは、彼らが何語を話しているのかがさっぱりわからなかったことだ。でも監督の指示があったので、何も考えずに話しに行くと、たどたどしいイタリア語ながら、会話が通じたのでホッとした。後々、コーディネーターに聞くと、イタリア語とフランス語が混じっている言葉を話しているという事だった。「君にはわかるはずないよ」レンジャーもスイス人だけに、この国境地帯では、僕の聞きなれたイタリア語は耳にすることはなかったようだ。

2本目の伐採が終わり、これはあまりいい木ではないということで、中澤さんが「これはいい木だろう」という3本目の木の伐採に取り掛かった。この木の伐採ともなると、さすがにみんな要領を得るようになっていて、僕が工程を聞く必要もなくなっていた。それでも伐採に時間が一番かかる木であった。

普段と同じように木を切る作業を進めるのだが、プルプル震える木を上に、その下でどんなに趣向を凝らしてみても、ガンとして木は反応しない。「ここから離れたくないのかな?」

かなりの時間を要しながらも、3本目の木を切り倒すことができた。やはりこれがいい木であると、中澤さんが確信したその通りであったようで、早速、切り取った木の一部をクレモナまで持ち帰っていた。

これだけの大きなものに刃を入れて、新しいものを作る。一体どんな想いで刃を入れていくのだろうか。その答えは、まだこれから先にあるのだろう。

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ・その2

パネヴェッジオにて白銀の風景
‐15℃。
はりつめた空気に、凍てついたかのような雪に埋もれたイタチの足跡。
この日の最低気温まではいっていないはずだが、スタッフ全員の気持ちはそこまで行っていた。

パネヴェッジオまでの移動の車中、朝の光が差し込んでくると、助手席に座っていた監督が叫び声を上げた。そしてすかさず中澤さんもカメラを手にした。そこには影が一つもないように見えた。「今回のロケを象徴しているようだな」

パネヴェッジオはイタリアの北、オーストリアとの国境近くにある山岳地帯で、一般的にはスキーリゾートとして楽しまれているような地域。カレンダーの12月で見た事のあるような、絵に描いたような針葉樹が広がっていて、雪の中に足を踏み入れようものなら前進できないほどに足を取られる。そしてその中で撮影は進んでいく。

「レディ、アクション!」

監督の怒声が森の中で鳴り響き、それに合わせて中澤さんたちが動き始める。どれがヴァイオリン作りにいい木なのか? 中澤さんは一つ一つの木を叩いて確かめる。樹齢300年の木と、ようやく出会えたことの喜びを噛みしめながら、言葉にならない言葉で、じっくりと対話をしているようだった。

カメラマンの手も、かじかんでまともに動かない中で、それでもそのワンカットワンカットをフレームにおさめていた。そして僕はせっかく用意していたコーヒーを、あまりの寒さに逆に、みんなに提供することを忘れてしまっていた。

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【撮影日誌】11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ

今回の撮影日誌からスタッフが交代しました!

11/25~12/1クレモナ(イタリア)ロケ
今回、地球交響曲第八番の助監督を務めさせていただくことになりました池田剛と申します。監督からは「GOちゃん!」と呼ばれています。よろしくお願いします。

私は今年4月までイタリアに住んでおり、地球交響曲を参考に、北イタリア各地の職人さんを取り上げて、ドキュメンタリー映画を個人で製作しておりました。その中でも弦楽器製作の街として世界的にも有名な街クレモナの職人さんを主に取り上げ、クレモナには幾度となく訪れていました。今回第八番で弦楽器職人さんを取り上げるという事を知らなかったのですが、不思議な縁でクレモナのロケに同行することになり、どれだけ自分が作品に貢献することができるか楽しみでした。

クレモナはとても小さな街で、見どころや工房のある場所など、歩いて回れるくらい集約されています。なのでクレモナはもともと私の中でイメージが作り上げられていました。
そしてイタリアでは中澤さんがヴァイオリン製作に使う木を伐採する、パネヴェッジオというオーストリアとの国境近くの山脈地帯に行きます。ここはストラディバリもヴァイオリン製作のための木を取りに来たところだという事です。

どちらも零下の寒い中での撮影が続き、監督以下スタッフも凍えながら撮影に臨んでいました。このクレモナとパネヴェッジオでの撮影の様子をしばらく書いていこうと思います。

その前に、
第八番のランクイン記念で「地球交響曲第一番~第七番」のDVDセットが数量限定で販売されております。今回のロケでクレモナにある中澤宗幸さんのお店でヴァイオリンのコマをいただきましたが、こちらをDVDとセットでプレゼントいたします。

このコマの一つ一つには中澤宗幸さんの愛称である「ムーニー」のサインと、ヴァイオリンやf字孔の手書きのデザインが書き込まれております。ヴァイオリンの中でも音を奏でる上でとても重要なパーツです。作品の中でも中澤さんがとてもユニークな形で紹介されることと思います。
八番が完成するまでの間のこの機会に是非お求め下さい。

詳しくはこちらから。

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【撮影日誌】10/26気仙沼・その6

10/26気仙沼・その6
午前2時、しばしの仮眠をとった後、撮影再開です。その頃には、神社周りには威勢の良い神輿の担ぎ手たちが集まってきていました。 いよいよ神事が執り行われるという緊張感の中、神官にいざなわれ社殿に入っていく重篤さんの姿をカメラは追っていきます。しかし、撮影は一旦ここまで。社殿の扉が固く閉ざされた後は、ごくわずかの許された者以外、一切の立ち入りを禁じられます。明かりが消され、暗闇の中で御霊移しの神事が始まりました。 この祭りの起源はおよそ1300年前、紀州牟婁郡本宮村(現在の田辺市本宮町)の熊野神を、東北の地にお迎えした事が始まりでした。 その際、熊野神の御神霊は和歌山の港から船で北を目指し、5ヶ月間もかかって宮城県唐桑(からくわ)町の港に到着したとされています。 その唐桑町とは、まさに重篤さん先祖代々の地だったのです。 室根山と畠山さんの住む気仙沼を結ぶ一筋の流れは、一千年を超える時で繫がっていたのです。 >おっと、龍村監督の渋い目線が・・・ という事で、気付けば午前8時を回っていました。 時間外労働です・・・ この日の帰りの新幹線は、寝台車の如くでした!
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